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2019年5月稽古場日誌

  • 快斗
  • 2019/06/06 (Thu) 18:35:39
どうも、快斗です。

自慢じゃないですが、僕にはリズム感がありません。

わりと最近まで自覚がなかったんですが、気づいてみると悲しいくらい、ないんですよ。

思い返してみれば、学生の頃の全体行進が1人だけズレてたり、ライブの手拍子で周りの叩いていないタイミングで叩いていたり、よく今まで気づかなかったなあと我ながら感心するくらい思い当たる節がいくつもあるんですね。

なんとかしなければと思い、リズム感を獲得するために目下格闘中です。

幸いうちの稽古にはリズム感を鍛えるのに持ってこいのメニューがいくつもあるので頑張ってビートを刻んでいきたいと思います。

ではでは。

2019年4月稽古場日誌

  • 大介
  • 2019/06/04 (Tue) 03:16:42
どうも、お久しぶりです。

大介です。

劇団に入って、もうすぐ〇年とか経つんですが。

そうすると、その分稽古をしてきているわけですね。

それだけ稽古していると、体が、ちょびっとずつ、変わっていったりします。

継続が大事、よく聞く言葉ですがまさしくそうなんですね。

毎週、繰り返し稽古をして、体を使っていれば、自ずと、できることは少しずつ増えていきます。

でも、もっとできることを増やしていこうとおもうと、自分は体の一部がすんごい固いんですが、これも諦めてしまったら固いままで、やりたいことを成すためには、まず諦めないことだと思います。

成したいことも、諦めれば成せず。

人間生きてれば、自身の周りで色んな物事がありますが、そんなつまらないことが枷にならないよう、やっていきたいと思います。

そんなところで、今回の日誌は終わりです。

ではでは!

2019年3月23日(土)稽古場日誌

  • しょうこ
  • 2019/04/30 (Tue) 21:29:55
しょうこです!

2018年度福島公演本番の稽古場日誌、第3弾です。

いよいよ、本番まであと1ヶ月。

正念場であります!!

2月の合宿を終え、自分達の課題は痛感したものの、それをどう乗り越えて、達成するのかは、ひたすら稽古するしかありません。

くる日もくる日も、何度も言ったセリフ、何度もやったシーンの繰り返し。

どの芝居でもそうですが、物語の導入はとても重要で、最初に、

「どんな登場人物が出てくるのか」
「どんな関係性なのか」
「どんな世界の物語なのか」
「どういう状況で、そこから何が起こっていくのか」

をきちんと伝えることが大切です。

それは、台本にあるセリフの言葉や、衣装や舞台セットでも伝えることはできます。

が、舞台に立っている役者一人一人が、やり方は千差万別でも、自分自身を使って表現すること、セリフを生きた言葉にすることで、舞台上に、よりあざやかに物語の世界ができあがり、客席まで広がっていきます。

お客さまは物語にひきこまれ、舞台と客席の空気がひとつになり、物語が生き生きと動き出していきます。

…というわけで、今回どのシーンよりも、それこそ飽きるほど繰り返したのが、最初のシーンでした。

稽古は地味な作業です。

本番稽古は特に、体力も気力もなくなっていくなかで、あきらめず、ぎりぎりのところで自分を信じて、立ち向かっていくしかない。

今回は、私も、皆も、ぎりぎりでした。

稽古の中で、めざす処の近くまでたどり着けることも、到達できる場合もありますが、今回は皆なかなか光が見えない中で、福島に出発する日がどんどん近づいています。

でも、最後の最後まで、本番の直前まで、あきらめず、戦い続けるしかありません。

最後の最後まで、可能性は残っている。

福島でこの物語を楽しみに待っている子ども達がいること、自分の芝居や作品への思い、自分自身の力、周りの人の力、…何にでも、自分が信じられるもの、すがれるもののひとかけらにしがみついて、戦いを続けなくてはいけません。

結果は、本番の舞台で、そして本番が終わってから、形になります。

稽古場日誌ということで、レポートはここまでになりますが、果たして結果は…?

いずれ、改めてご報告できればと思いますが、先ずは、福島公演のプロジェクトタイトル『PLAY FOR FUKUSHIMA』の通り、全ての祈りをこめて、本番公演、いってまいります!!

2019年2月 本番稽古 [合宿編]

  • しょうこ
  • 2019/04/29 (Mon) 00:09:52
※制作部より

本番公演、年度末&新年度が重なり、稽古場日誌のアップが遅れ、申し訳ありません。


稽古場日誌!本番バージョンを任されることになりました、

しょうこで~す!!

今回の本番は1月と3月で、あいだが2ヶ月近くあったため、2月下旬、3月本番に向けて、一泊二日で合宿稽古がおこなわれました。

本番稽古の合宿は初であります!!
まずは、こちらのレポートを。

場所は、東京近郊、水縁の某所。

2月にしてはお天気にも恵まれ、行楽日和、外では陽の光で水面がキラキラ輝く、素敵な環境でしたが、残念ながら、ほぼ稽古場内にカンヅメの2日間でした。

心身をほぐすため、スタートは、身体を動かすことから!!

汗だくになったあとは、台本の稽古に入り、一番最初から細かくあたっていきます。

1月の本番を経て、より伝わりやすくなるように、じっくりと稽古していく、という流れでした。

合宿を終えても、次の本番までは1ヶ月あるということで、より密度の濃いダメだしが出され、その先の稽古に向けて、それぞれが改めて自分の課題を痛感して、合宿稽古を終了しました。

今回の作品、登場人物が少ないこともあり、それぞれが物語の中で果たす役割がいつも以上に大きいのです。

「この物語をどこまで楽しんでもらえるか」は、「自分の役が為すべきことを、それぞれがどこまでできるか」にかかっているような感がしております。

本番まで1ヶ月!!

劇を毎年楽しみにしてくれている子ども達に、わくわくドキドキする物語を届けられるよう、まだまだ苦しんでいきたいと思います!

次回は、合宿後から本番までの稽古場リポートをお届けいたします。

しょうこでした~。

2019年1月27日(日)稽古場日誌

  • しょうこ
  • 2019/02/17 (Sun) 09:37:58
しょうこです!!

皆様、ご挨拶が大変おそくなりましたが、新年あけましておめでとうございます‼

そして、またこの季節がやってまいりました。

関係団体NPO法人Inseki Projectさんの福島公演!!

嬉しいことに、今回も、劇団「隕石のかけら」で協力させて頂くことになり、第1回目の上演ツアーが1/21-22だったので、年末からずっと慌ただしい日々を過ごしております。

稽古場日誌も、本番稽古バージョンで書くように、とのことで、第2回目の上演ツアーが3/25-26なので、2月3月と本番稽古バージョンでお届けする予定です!

さて。

この日誌を書いている今は、1回目の本番を終え、2回目に向けての本番稽古と劇団通常稽古に並行して参加している状況です。

今回の本番を経て、今すごく思うのは、ふだんの稽古の大切さで、どんな稽古も、本来の仕事である「役を演じること」に通じていることを、改めて痛感しました。

稽古をしていると、うちの稽古では特に日曜稽古が顕著だとおもうのですが、どうしても「できないこと」や「目の前の壁(=課題)」に気がいきがちなんですよね。

どうやって、できるようにするかとか、課題をクリアするかとか、ということばかりになってしまうのですが、忘れてはいけないのは、元々自分ができることや、自分がもっている力、なのではないかと、思いました。

元々もっているものやできることは、実は、「できるから」と甘えてしまったり、見えなくなったり、できないことに集中してしまいがちで、

でも。

役を伝えるために役者が使えるのは、まず「自分自身」で、自分の力も、身体も顔も声も、もっているもの、できることを最大限に活かすことが大切で、それが出来てこそ、その人にしかできないその役になり、役を活かすための演出も生きてくるのではないか、とおもうのです。

まず、自分のもっているもの、できることを、過少も過大もなく、きちんと知って、ふだんの稽古から、それをめいいっぱい使って、磨きをかけておかないと、本番で、役(=自分)を、最大限に、100%以上活かしきることはできない。

最近、役者は、「火事場の馬鹿力」をいつでも出せなくてはいけないようなものだなぁ、と思いました。

そのためには、日頃から、広く深く自分自身をみつめて、ふだんの稽古から、できないことにもできることにも、100%で向かっていかねばならないと、思います。

本番で、ちゃんと「奇跡」を起こすために。

2018年12月16日(日)稽古場日誌

  • 快斗
  • 2018/12/21 (Fri) 20:02:34
どうも、快斗です。

「鍛錬」の語源を調べてみると、元々は日本刀などを作る時の作業工程のひとつを指す言葉で、

さらに「鍛」には金属を熱し、打って強くするという意味があり、「錬」には硬いものを柔らかくし、粘り強くするという意味があるそうです。

ただ鍛え頑丈にするだけでなく、柔らかくほぐし、粘り強くしなやかなつよさにしていく。

役者としても、人としても「鍛錬」を続け、日本刀のような美しさと、切れ味の鋭さと、丈夫さを兼ね備えたそんな人二ワタシハナリタイ。

雨にも負けず、頑張ります。では。








2018年11月25日(日)稽古場日誌

  • 大介
  • 2018/12/21 (Fri) 20:00:43
どうも、大介です。

みなさん、シクラメンの花はご存知でしょうか?

寒い時期に咲く花なんですけど、これがね、とても綺麗なんですよ。

それに色んな種類のシクラメンがあって、スラっと開いた花びらのものや、ふわっとした波模様のような花びらなど、一つの花でもいっぱい種類があるんですね。

役者も、きれいな人物や悪い人物、平凡な人物色々な役があります。

演じるのは一人、自分の身一つではありますが、その時の役によって
色んな花を咲かせて観る人に何かを訴えたり、伝えたり、衝撃を
与えたり出来る役者を目指していきたいと思います。


では今回はこのへんで。

わんわん!

2018年11月8日(木)稽古場日誌

  • しょうこ
  • 2018/12/20 (Thu) 10:21:26
しょうこでーす。

そう言えば、前回の稽古場日誌で、ちょうど少し触れましたが、ここ最近の肉体訓練稽古で、感じていることなどなどについて。

肉体訓練稽古は、役者メンバーが主体でやっていまして、メニューはほぼ決まっています。

内容的には、自分の身体を、声や顔などの表現ふくめて、どこまでどのように使えるかを鍛え、磨いていくためのもの、だと思うのですが、全てのメニューを完璧にこなすことが、なかなかできないんですよね。

肉体訓練ではあるので、体力的にきつい部分もありますが、同じメニューを毎週やっているわけで、完璧にこなすことは出来てもいいんじゃないかとおもうんですが、これがなかなか…。

加えて、最近、完璧というのがどこまでか限りがなくて、どこまでやっても、もっとできる!というメニューが多いんだなぁとも思います。

もっと綺麗な形でできるんじゃないか、とか、

もっと動くんじゃないか、とか、

もっとキレよくできるはずだ、とか、

もっといろんな色が出せるんじゃないか、とか。

毎回飽くことなく、完璧を目指しつつ、さらに貪欲に「もっと、もっと」と思ってのぞむことは、難しかったりします。

でも。

稽古は、“役を演じ、伝える”という役者の仕事をしていくために、心技を鍛え、磨いていくためのもので、自分の挑み方によって、何かを得られるか、何も得られないか、本番に活かせるか、は変わると私はおもいます。

うちの肉体訓練メニューは、ひとつひとつが具体的な何かに繋がるとおもうので、些少なところまで気を配り、完璧をめざし、精度を上げていきたいというのが、最近、特におもうことです。

ちなみに、今、そのために、私が心しているのは、集中することです。

では、今回はこのへんで。

2018年10月14日(日)稽古場日誌

  • 快斗
  • 2018/12/09 (Sun) 11:11:13
人間は情報の90パーセント以上を視覚から得ているなんて話がありますが、実際に目を閉じて何かをしてみるとそれが実感できます。


視覚に関わらず、感覚のひとつを遮断して何かをするということをうちの稽古ではよくやります。

ひとつの感覚が使えなくなると、代わりにそれまで使っていなかった感覚が活性します。

役者は、五感のみならず、時には第六感まで駆使して空気をつくり、それをお客様に届けなければなりません。

そのためには、やはり日々稽古。

日々感覚を研ぎ澄ましていくことが大切なんだと思います。

僕の大好きな高倉健さんは、役者は常に感動できる心を持つことが大切だと言い、それを維持していくために日々心を配っていたそうです。


感覚と心。


どちらも一朝一夕で身につくものではありません。日々の積み重ねがものをいうのでしょう。

がんばります。

2018年9月9日(日)稽古場日誌

  • 大介
  • 2018/12/09 (Sun) 11:03:03
どうもお久しぶりです。大介です。


みなさまキツネノカミソリと言う花をご存知ですか?

自分も最近知ったんですが、ユリと彼岸花を合わせた様な花です。

ユリ目ヒガンバナ科なので当然っちゃ当然なんですがね。

そしてヒガンバナ科らしく毒もあります。


最近、一部の稽古の中でこうしようああしようと考えていました。

そしてこの間考えるのを一回やめて体の思うままに、動きたいように体を動かしてみました。

すると不思議なもので、「こう動かそう。この感覚、気持ちを表現しよう」と考えていた時より、もっと表現が近い動きができている時があるんですね。

考えることはとても大事なことですが、時にはそれをやめて、
自由に気ままにやってみるのもいいものなんですね。


あ、上の花は自分の好きな花を紹介しただけなので、文章とは
一切関係ないです。


ではでは大介でした。

わんわん!

2018年8月19日(日)稽古場日誌

  • しょうこ
  • 2018/11/29 (Thu) 18:36:14
しょうこです!

劇団「隕石のかけら」の通常稽古は、実戦コースと基礎コースという2つのコースがありまして、実は、これまでの稽古場日誌は、実戦コースの通称“日曜”稽古や、役者が自主的にやっている肉体訓練稽古についてのものがほとんどです。

今回は、初の基礎コースの稽古場日誌を書いてみようと思います!
(ちょっと長くなってしまいそうですが…)

実は、私にとっては、基礎コース稽古が一番、乗り越えるべき山が高いです。

日曜稽古は、体力的には一番きついのですが、ひたすら自分との戦いで、目指すところがシンプルです。

肉体訓練稽古は、基本的なメニューは決まっていて、その日の進行を担当するキャストリーダーによって、アレンジが加わることはありますが、全てのメニューを完璧にこなすことはなかなかできず、さらにこなしたその上もあるので、それをどこまで目指すことができるか、が私にとっては、勝負です。

基礎コースは、役者の基礎を積んでいくコースということで、うちの劇団に入って間もない皆さんが参加することが多いです。
時期やその日によって、メンバーの入れ替わりが割とあるので、その時やその日に参加しているメンバーに合わせて、メニューが変わります。

基礎、というと、少しツマラナク聞こえたりもしますが、私は、うちの基礎コースは、役者としての基盤を培っていくコースだと思っています。

役者の基礎として当然必要な、声や身体の使い方を知っていくこともそうですが、芝居の楽しさも苦しさも、自分にできることもできないことも、そして、自分の可能性、役者であるために自分がやらなくてはいけないこと、やりたいことを知って、自分なりの役者としての基盤をつくっていくところなのじゃないかな、と。

前置きが長くなりましたが(←前置きだったのか!!)、その基礎コース稽古が、私にとっては一番課題です。

自分は、役者として、どうあるべきか、どうのぞむべきか。

皆より、少しは経験がある分、何かを伝えたい、伝えなければと、どうしても思ってしまい、結果それが邪念になり、なかなか無になれていません。

ただ、最近思うのは、言葉で伝えることはわかりやすくて、それも必要だけれど、本当に大切なことは、言葉ではないところから伝わるのではないかということです。

そのために、今、心掛けているのは、“驕らない”ということ。

基礎コースが開設されてから、ほぼ毎回参加していますが、ずっと、あれこれ考えながら、試行錯誤してきたなかで、今、少しだけ、自分の立ち向かい方が見えてきている気がします。

まぁ、それを実際に、きちんと形にしていくには、まだまだ時間はかかりそうですが(笑)

予想どおり、長くなってしまいましたが、今回はこのへんで~。

客演レポート(2018年5月)

  • 快斗
  • 2018/11/11 (Sun) 06:13:52
※制作部より

2018年5月に、当劇団員が新潮劇院さまに客演させて頂いた時のレポートになります。

どうも、快斗です。

ご報告が遅れましたが、少し前に日本で唯一のプロ京劇団である新潮劇院さんの本公演『鉄籠山』に客演させていただきました。

京劇というのは、中国版歌舞伎といえばイメージしてもらいやすいでしょうか。隈取をして、煌びやかな衣装をつけ、洗練された様式美の芝居をします。

僕は新潮劇院さんの京劇教室に長らく通わせていただいており、そのご縁で時々客演のお声かけをしていただきます。

今回の『鉄籠山』というお話は、三国志のお話なのですが、ともかく沢山の登場人物が出ます。

セリフは中国語ということもあり話の筋を把握するだけでも大変でしたが、そこに京劇独特の動きが加わり、てんてこまいになりながらなんとか稽古についていく日々でした。

他の伝統芸能と同じようにプロの京劇役者は子どもの頃から英才教育を受けた人ばかりです。その中に混じり公演するというのはいつも大変な緊張なのですが、毎回貴重な経験をさせていただき、特に今回は京劇でも普段の芝居でも共通する自分の根本的な弱さにも気づかされました。

根本であるだけに、そこが克服できれば、ひと回り大きくなれるような気がしています。

これからも劇団稽古と並行して京劇教室にも通い、役者としての幅を広げていけるよう努力していきます。


2018年7月12日(木)稽古場日誌

  • 快斗
  • 2018/09/15 (Sat) 07:41:12
「心頭滅却すれば火もまた涼し」という言葉に


子どもの頃、嘘つけ!ってツッコミを入れたのを覚えていますが、


役者は真夏に真冬の芝居をしなきゃいけない時もあります。


灼熱の日差しの中、凍てつく寒さを感じなければいけないんです。


というわけで、この文字通り焼けるような酷暑を、心頭滅却して乗り切るところからはじめてみようと思います。

2018年6月24日(日)稽古場日誌

  • 大介
  • 2018/09/15 (Sat) 07:35:02
はい、どーも大介です。

お元気ですか?

ぼくは元気、ないときもあるけど大体元気です。

ところで、みなさん。

自分は竹林が好きでして、田舎の、竹林の中を風が抜けるあの音とか、
夏の竹林なんかは涼しげで良いですよね。

でまぁ、その竹なんですが、真っ直ぐ上に伸びていくもんなんですけど、あれは、まわりの環境によっちゃぁ曲がって伸びるんですよ。

自分が知ってるのは、ちょうど竹の真上にコンクリートがあって、そのまま育つとぶちあたるって感じで、どうなるかなーって見てたら、そのうち節から斜めに少しずつ伸びていって、コンクリートのわきの空いてるところまで先端を伸ばして、そこからまた上に育っていってるんですよ。

それで、稽古でも言われるんですが、
自分の進路に妨害するものがあるなら、それを動かすのではなく、自分の形を変えて進めと。

まさしくさっきの竹のように、柔軟に自分を変えねばいかんのですね。

障害を越える為にも、役を演じる為にも、

とても大事だなと思いました。

ちなみに関係ないんですけど、数百年に一度咲くと言う竹の花、咲いたらその竹林は枯死するそうな。

そしたら、その後竹林はどうなるかってーと、花の実が落ちて育って、また竹林に・・・なんてことはなく、

地中の枯れた竹の残骸がまた再生するように育つとか、あんまり花が咲く意味はないっぽいです。

でも本当に意味がないかどうかなんて、自然のことですからね、人の尺度じゃわかりませんけど。

てな感じで日誌は今回の日誌は終わります。

ではではではぁ。

2018年6月10日(日)稽古場日誌

  • さらぞう
  • 2018/08/27 (Mon) 19:17:40
こんにちは!さらぞうです。

今回はうれしかったことがあったんでそのことについてかきかき。

稽古を重ねるにつれ、「できること」「できないこと」が浮き彫りになってくるわけなのですが…

この「できないこと」が「できなかったこと」に変わる瞬間が好きっていう話です。

体がどうしても動かせなかったりとかしたんですけどある時ひょいっとできるようになっててとてもうれしかったのを覚えてます?

こういう時の喜びをモチベーションとして続けて行ければいいんですけど…

人間つらいことからは目を背けたいもの。

また次の壁にぶち当たる。

一つできるようになると次の課題が浮き彫りになり…

稽古に出ると毎回そんな感じですね。

とりあえず、自分のモチベアップのためにもここに目標を書いておこうと…

「側筋を鍛えろ」

以上!!!

それじゃまた?(○?ω?○)?ニャ〜ン?

2018年5月27日(日)稽古場日誌

  • 快斗
  • 2018/08/27 (Mon) 19:14:40
とある番組でアドベンチャーマラソンのランナーへの密着取材を模様を放送してました。

アドベンチャーマラソンとは、一日40〜80キロの距離を毎日走り、一日ごとのタイムの合計で順位が決まるという過酷なレースです。

砂浜やジャングルの中を走ることもあり、雨でも雪でも関係なく決行されるそうです。

「やめようと思えば言い訳はいくらでも見つけられる・人間に限界はありますから・でも限界はきっと僕が思うずっとずっと向こうにあるんです。」

参加していたランナーの言葉です。

稽古中へとへとになればなるほど、頭の中で悪魔が囁いてきます。

「休んじまいなー!!怪我しちゃうよー!!」「ちょっとペース落とさないと、倒れちゃったら大変でしょー!!」

フラフラの時程、こんななんでもない言葉が魅力的なものに思えてしまうんです。

それに甘えてしまおうかと思う。

この悪魔は誰かといえば紛れもなく自分自身で、自分自身の弱さの具現化です。

エラそうなこと書けるほどこの悪魔に打ち勝ててもいないんですが、

悪魔が出てきた時は、お客さんの目を意識します。

フラフラでも頑張る自分が見せたい訳じゃない。

そんな自分に酔いたいわけじゃない。

どんな状況でも、しっかりとやるべきことをやる。

自分の苦しさなんてのは見せちゃいけない。

そんなのでお涙ちょうだいなんて最低でしょう。

BGMにサライが流れてくれる訳でもないんだし。

自分の意志でここにいるんだということを忘れずに立ち向かっていきたいと思います。

では!

2018年5月7日(日)稽古場日誌

  • しょうこ
  • 2018/08/09 (Thu) 18:43:19
お久しぶりです!

しょうこです!!

本番が終わり、通常稽古に戻って、もうひと月くらい経ちまして。

ようやく、うちの通常稽古に身体が馴れてきたところです。

最近、役者の“武器”について、考えます。

学生劇団を卒業して、某劇団に入った頃から、芝居も役者も戦いだ、と思うようになりました。

代表は、よく台詞は役者の武器だと言います。
でも、その武器は、台詞というものがない状況では使えず、またそれだけに頼ってはいけない武器だ、と言います。

武器が戦うための道具だとするなら。

台詞が使えない時や、台詞だけに頼らないようにするために、そして、台詞という武器をより効果的につかうために、役者自身がもっている武器があるのではないかと、おもいます。

それが、自分の身体や声であり、感情であり、感覚や発想や知識なのではないかと。

その武器は、人によって、最初からある程度優れたものをもっている場合もありますが、努力のまったく要らない天才レベルに優れていない限り、鍛えて磨いていかなければ、役者の武器としての力を発揮しないのだとおもいます。

それも、自分の考えられる範囲内での努力では、甘えも限界もあると思うので、本番のない時にも通常稽古があり、日々、武器を鍛え磨ける環境は、つくづく有り難いなぁと感じます。

役者は、何より自分との戦い。
「できない」「やれない」の言葉をできるだけ飲み込んで、甘えてしまう自分と向き合って、少しでも、自分の武器をぴかぴかに強靭に磨き鍛えていきたいなぁと思います!

稽古場日誌【番外編】

  • しょうこ
  • 2018/08/04 (Sat) 08:24:27
野外稽古《特別カリキュラム》稽古レポート

しょうこです。

制作部より、遅れに遅れている、野外稽古《特別カリキュラム》稽古第3弾のレポートを任されました!

悪天候のため内容変更となった第2弾の振替稽古で、場所は第1弾と同じ処で、実施場所の最寄り駅に早朝集合の後、暗くなるまで野外稽古という流れでした。

第2弾から、夜の日曜稽古も野外稽古に含める形にしたこともあって、気分的にも余裕があり、天候にも恵まれて、動くと汗が出てくるくらいの、爽やかな天気で、これまでの《特別カリキュラム》稽古の中では、比較的ゆったりとした雰囲気でした。

野外稽古で何を得るか、というのは、人それぞれだと思いますが、3回参加させてもらった中で、私が一番おもうのは、五感を自ずと使う、ということです。

もちろん、うちの稽古なので(笑)、毎回体力勝負ではありますが、稽古場とちがい、そこには、さまざまな景色があり、見上げれば空があり、緑の匂いがして、時には風が吹き、木々が揺れる音がして、鳥や虫が鳴きます。

いつもの稽古は、身体や頭を駆使しながらも、いかに無で向かえるか、頭を空っぽにできるか、の戦いだとおもうのですが、自然の中にいると、自然のうごきを感じる瞬間、頭や身体の余計な力が、ふっと抜けます。

感じようとしなくても、風や木々の動きや音たちは自分の中に飛び込んできてくれて、そこに身を委ねているだけになります。

それは、ちょっと"無我"に近い状態なのかなぁと。

……と、小難しい言葉にしてみましたが、簡単にいうと、野外稽古は、とにかく気持ちいい!!ということです。

この第3弾の後は、また暖かくなったらやろうと言っていましたが、今年の夏は暑すぎるので、秋になったら、またやってくれればいいなぁと思います。

それでは、また!


2018年4月26日(木)稽古場日誌

  • 大介
  • 2018/06/01 (Fri) 07:59:04
どうも、ウルフ大介です。

いっつも花だったり樹だったりのお話を冒頭に持ってきてますが、

う~んどうにも自分は花が好きなんですね、

別に栽培したりとかは一切しないんですが

花屋さんに並んでたり、道端に咲いてる四季折々の花とか植物が好きです。

ゆっくりと、でも確実に時間をかけて芽吹き、花を開く、まさに日常にある神秘ですね。


さてさて突然ですが私、スローモーションが好きです。

稽古の一つであるんですがその時その時で、何かをしてる動きだったり
自分の描いたイメージを自由に体で表現していく。

体の時間を出来る限りゆっくりにして、足の運び一つ、指先の動き一つ
どれも過不足なく、一定の速さでゆっくりと動かしていくと
とーーーっても集中出来て好きです。

そして一つの目標というか、やってやろうと思っているのが

スローモーションで花になることです。

芽生えから、開花まで一貫して花になる。

これが出来ればきっと

新たなステップを踏めるのではないかと感じています。

もちろん徒花なんかではなく、飛び散るように咲く彼岸花になってやりますよ。


ではではこの辺で。

2018年4月19日(木)稽古場日誌

  • 快斗
  • 2018/06/01 (Fri) 07:54:42
どーも、快斗です。

3月の本番を終え、今日は肉体訓練。

ずっと前の稽古場日誌でも書きましたが、「疲れない」というのがキーワードだと思ってます。

無駄な力を入れないってことですかね。

ってことで脱力を心がけ本日臨みましたが、逆に如何に力でやっていたかを思い知らされました。

恐ろしいのは、これまで自覚がなかった、もしくは、それは必要な力だと思い込んでいたことです。

そうして外側の力で押さえ込み、表向きは、それなりの形を整え、それで良しと思っていました。

一事が万事。

そういった傾向は自分の至るところにあるように思います。

んー。むむむ。